ONLINE ARCHIVE第 一 書 庫
古いブリテンの丘で槍と盾を持って谷を見渡す指揮者。アーサー本人ではなく、伝説の時代背景を想像した画像
伝説の時代を想像した場面。アーサー本人の再現ではありません。※AI生成によるイメージ
記録番号GBR–LEG–004
都市伝説・伝承FILE 041

アーサー王King Arthur

アーサー王は、
本当にいた?

岩から剣けんを抜き、仲間の騎士きしと丸いテーブルを囲む。アーサー王は、そんな冒険で知られる伝説の王です。本当にいた人なのでしょうか。古い本と遺跡いせきに、その手がかりを探します。

▰ カテゴリ都市伝説・伝承◎ 地域ブリテン島◆ キーワードアーサー王 / 円卓の騎士 / ティンタジェル▥ こわさこわさは低め

01|古い記録を開く

古い本には、
どう書かれている?

物語によると、アーサーが活躍したのは5〜6世紀ごろ。舞台のブリテン島は、今のイギリスなどがある島です。ローマ帝国の支配が終わり、土地を守る人々と海を渡って来た人々の争いが続いていました。

活躍したとされる時代と、本が書かれた時代

5〜6世紀アーサーの物語の舞台
(西暦400〜500年代)

数百年あと ↓

9世紀『ブリトン人の歴史』が成立
(西暦800年代)

この本は、出来事をその場で書き留めた記録ではありません。

古い文書の一つ『ブリトン人の歴史』では、アーサーは王たちとともに戦う「戦いの指揮者」として登場します。王という呼び方はありません。ただし、そう書かれているだけで「実際にも王ではなかった」とは決められません。

この文書ができたのは、物語の舞台から数百年後です。そのあいだに何が語り継がれ、何が加わったのか。古い本でも、書かれた話をそのまま本人の記録とは扱えないのです。

では、よく知られる「王」の姿は、どの本に現れるのでしょう?

02|王の物語が広がる

王の人生が、
一冊の物語になった。

手で本を書き写す人々と、アーサーを描く物語のページを重ねた想像図。特定の写本や作者の再現ではない
手で写した本が、王の物語を広めました。

1130年代、ジェフリー・オブ・モンマスという人が、アーサーの誕生から最期までを描く『ブリタニア列王史』を書きました。人気を集めた物語は手で書き写され、別の言葉にも訳されました。

※AI生成によるイメージ

手で書き写した本を写本しゃほんといいます。今も残る写本しゃほんを開くと、人々が読んだ王の物語や、描かれた姿を見ることができます。

図書館に残るアーサーの写本しゃほんを見る(英語) ↗

けれど、ジェフリーの物語には、語り継がれた話や創作が混ざっています。人生が詳しく書かれていても、それだけで実在が確かになるわけではありません。

それなら、丸いテーブルや有名な冒険も、この一冊に全部そろっていたのでしょうか。

03|円卓えんたくと冒険

丸いテーブルも、
あとから加わった。

本に登場するアーサーの姿を、古い順に見ると

9世紀ごろ戦いを指揮する人物
『ブリトン人の歴史』
1130年代王の人生を描く物語
ジェフリー
1155年円卓が登場
ワース
12〜13世紀ランスロットの冒険
聖杯・石の剣の物語
これは物語が書かれた時期です。アーサーが実際に体験した出来事の年表ではありません。

「円卓えんたく」は丸いテーブルのこと。1155年、ワースという作者が物語に登場させました。上座がないので、王に仕える騎士きしたちは席の上下を争わずに座れます。騎士きしは、武器を持って王に仕える人たちです。

その後、クレティアン・ド・トロワらが、騎士きしランスロットの冒険や、聖杯せいはいという特別な器をめぐる話を描きました。若いアーサーが石から剣けんを抜く場面も、後世の物語に現れます。

今の私たちが知るアーサー王の姿には、別々の作者が加えた物語が重なっているのです。

本の外にも手がかりはあるでしょうか。次は、物語に登場する場所へ向かいます。

04|遺跡いせきの手がかり

土の中に残った、
人々の暮らし。

ジェフリーは、王が生まれるまでの物語を、イングランド南西部のティンタジェルに結び付けました。この場所で土を掘って調べると、アーサーが活躍したとされる時代の暮らしが見えてきます。

海岸の遺跡で建物跡を調べ、土器やガラスのかけらを記録する人々を想像した画像。実際の発掘写真ではない
遠くから届いた、土器やガラスのかけら。

5〜7世紀の建物跡と、地中海から運ばれた土器やガラスが見つかっています。海を越えて高価な品が届いていたことから、当時の有力者に関わる場所だったと考えられています。

※AI生成によるイメージ

公式の発掘写真と出土品の解説を見る(英語) ↗

ところが、品物から暮らしは分かっても、持ち主をアーサーと特定することはできません。1998年に見つかった石板の「ARTOGNOU」という名前も、アーサーの証明にはなりません。専門家は、同じ「Arto-」で始まる名前がほかにもあったと説明しています。

また、今残る城は、アーサーの物語の舞台とされる時代よりずっと後に建てられました。古い建物跡と、後世の城を一緒に見ている場所なのです。

古い本も、実際の遺跡いせきもありました。それでも、王本人を見つけたことにはならない。では、いま何を答えられるのでしょう。

05|いま答えられること

物語はたどれても、
本人はまだ分からない。

いまある資料だけでは、アーサー王のもとになった人物が実在したか、誰だったかを決めることはできません。一人の戦士の記憶が残ったのか、複数の人物や英雄の話が重なったのか、それとも物語から生まれた人物なのか。考え方は分かれています。

確認できるのは、王の物語が長い時間をかけて育ったことと、舞台とされた時代に人々が暮らしていたことです。「人物を確かめられない」ことは、「いなかったと分かった」ことでもありません。

博物館で子どもと大人がアーサーの写本を見つめ、窓の向こうに海岸の遺跡が見える架空の場面
もう一度、王の物語を開いてみると。

岩の剣けんや丸いテーブルも、長い年月のあいだに物語へ加わったと分かりました。その物語のもとに、どんな人がいたのでしょう。古い本と遺跡いせきをたどっても、まだ答えが見つからない問いです。

※AI生成によるイメージ

REFERENCE DESK

参考資料・関連リンク

古い文書や写本の解説と、ティンタジェルの発掘資料を参考にしています。物語に書かれた内容と、実在を示す証拠を分けて読める資料です。

画像クレジット

場面画像4点:AI生成によるイメージ。指揮者、写本制作、発掘、博物館の場面を想像して描いたもので、アーサー本人や特定の写本、実際の発掘写真ではありません。博物館の展示や窓からの眺めも架空です。

年代の比較・物語の年表:本文の参考資料をもとに作成。物語が書かれた時期を示し、人物の実在を証明する図ではありません。