THE STORY AS RECORDED
収穫の季節、村人は
見慣れない二人を見つけたといいます。
話の舞台は、12世紀のイングランド東部にあるウールピットという村です。村の名は、オオカミを捕らえる穴に由来すると考えられています。
年代記によると、畑で働いていた人々は、穴の近くにいた男の子と女の子を見つけました。二人の肌は緑色で、服も村人が見慣れないものでした。話す言葉は通じず、出された食べ物にもなかなか手をつけませんでしたが、豆を見つけると夢中で食べたと書かれています。
やがて二人はほかの食べ物も口にし、肌の緑色は薄れていきました。男の子は長く生きられませんでしたが、女の子は村の言葉を覚え、自分たちの故郷について話したとされています。
EVIDENCE 02 · TWO WRITERS
同じ話を残したのは、
二人の修道士でした。
一つ目の記録を書いたのは、ウィリアム・オブ・ニューバーグです。彼は12世紀末にイングランドの歴史をまとめ、その第27章に「緑の子ども」を収めました。ウィリアム自身も、初めは信じがたい話だと疑っていたことを書いています。
もう一つは、ラルフ・オブ・コッゲシャルが13世紀初めにまとめた年代記です。ラルフは、子どもたちを保護したとされる領主リチャード・ド・カルネから話を聞いた、と情報の出所を記しました。
複数の信頼できる人から聞いたと記す。本人は村から遠い場所にいた。
リチャード・ド・カルネを情報源として挙げる。出来事からは長い時間がたっていた。
記録が二つあることは重要です。しかし、記録者が二人いることと、独立した目撃者が二人いることは同じではありません。二人の情報が、途中で同じ人物や同じ村の話にさかのぼる可能性もあります。
EVIDENCE 03 · COMPARE
二つの記録を並べると、
同じところと違うところが見えてきます。
大きな筋は似ていますが、故郷から村へ来た道筋などには違いがあります。これは、一方が正しく他方が間違いだとすぐに決める材料ではありません。話が伝わる間に細部が変わったのか、別々の説明を記録したのか、それを判断できる資料が足りないからです。
EVIDENCE 04 · THE ROUTE OF A STORY
子どもの言葉が年代記になるまでに、
何人もの人を通った可能性があります。
二人は、村へ来た時には土地の言葉を話せなかったとされています。女の子が言葉を覚えてから故郷を説明し、その内容を村人や領主が聞き、さらに年代記の書き手へ伝えたのでしょう。
これは、年代記が役に立たないという意味ではありません。だれが、いつ、何を根拠に書いたかを確かめることで、記録から言えることの範囲が見えてきます。
ウィリアムの年代記・第27章を確認するPLAUSIBLE · AN EARTHLY EVENT
現実の子どもたちの体験が、
不思議な話へ変わったのでしょうか。
知らない言葉を話し、見慣れない服を着ていたなら、二人は別の土地から来た子どもだった可能性があります。食生活や体調が変わり、肌の色も変化したのかもしれません。ただし、短い文章だけから病名を決めることはできません。
迷った子どもの話
現実の子どもが保護され、言葉や見た目の違いが驚きをもって伝えられた可能性はあります。
フランドル人だった説
移住者の子どもだったという説がありますが、場所や年代を一つに結びつける証拠はありません。
病気や栄養が原因だった説
緑色に見えた理由を医学で説明する案はありますが、診察記録がないため確定できません。
「現実にあり得る説明」と「その説明がこの二人に当てはまる証拠があること」は別です。もっともらしい説でも、名前や病名まで断定すると、史料が支える範囲を越えてしまいます。
LATER INTERPRETATIONS
薄暗い故郷の話は、
やがて異世界の物語として読まれました。
子どもたちが語ったとされる故郷には、太陽が強く照らず、遠くに明るい土地が見えたという不思議な特徴があります。この部分は、地下世界や妖精の国の話と結びつけて読まれてきました。
さらに時代が下ると、月から来た人や異星人の話にも取り込まれます。しかし、中世の二つの年代記に「宇宙人」と書かれているわけではありません。後の時代の人が、古い話を自分たちの関心に合わせて読み替えたものです。
伝承としての面白さは、後世の解釈にもあります。ただし、年代記に書かれた内容と、後から加わった読み方を分ける必要があります。
CURRENT STATUS
記録が残っていることは確かです。
記録の中の出来事までは確定できません。
二つの年代記
12世紀末と13世紀初めの年代記に、緑の子どもの話が収められています。
緑の肌と故郷
子どもの姿や言葉、豆、薄暗い国は、年代記が伝える内容です。
現実説と異世界説
外国の子ども、体調、妖精、異星人などは、記録を説明するために後世に出された考えです。
実際に何が起きたか
二人が実在したのか、どこから来たのか、話のどこまでが本人たちの言葉なのかは確かめられません。
RECORD ANSWER
「緑色の子ども」は、どこから来た?
二つの年代記を比べても、
二人の故郷を一つの場所に決めることはできません。
確実に言えるのは、中世の二人の書き手が、よく似た不思議な話を記録したことです。そこには共通点だけでなく違いがあり、書き手は目撃者ではありませんでした。現実の子どもの出来事がもとになった可能性はありますが、病気や出身地を特定する証拠は残っていません。つまり、二人の故郷を確かめるのに必要な情報が、年代記には残されていないのです。
REFERENCE DESK
参考資料・関連リンク
二つの中世年代記と、それらを比較した研究、後世の解釈を検討した資料を紹介します。史料や論文の図版は転載せず、原資料へのリンクを掲載しています。
Hero:OpenAIの画像生成機能によるイメージ。年代記の記述をもとにした概念Visualで、実際の出来事を写したものではありません。
年代記比較、伝達経路、解釈の層、CURRENT STATUS:上記資料をもとにMYSTRAILが独自制作。
