ONLINE ARCHIVE第 一 書 庫
実物のベニクラゲ。暗い背景に、丸く透明な傘と内部の構造が透けて見える
実物写真:Lara Beckmann / CC BY-SA 4.0。出典は画像クレジットへ。
記録番号MED–BIO–001
不思議な場所・現象FILE 019

ベニクラゲTURRITOPSIS DOHRNII

大人になった
クラゲは、なぜ
幼い姿に戻れる?

泳いでいた小さなクラゲが、体の形を失い、岩などに付いて暮らす姿へ戻ることがあります。卵から生まれ直したのではありません。「不死のクラゲ」と呼ばれるベニクラゲは、何をやり直せるのでしょうか。

▰ カテゴリ不思議な場所・現象◎ 地域—◆ キーワードベニクラゲ / 若返り / 生物学▥ こわさこわさは低め

LIFE CYCLE · TWO FORMS

泳ぐ姿、付く姿。

写真の透明な傘は、大きく育っても直径およそ4.5ミリ。小さなベニクラゲの一種、Turritopsis dohrniiです。大きなクラゲの子どもではありません。

このクラゲは、育つ途中で姿を大きく変えます。卵から生まれた幼生は、岩などに付くと、枝のような形になります。この姿を「ポリプ」と呼びます。ポリプから小さなクラゲが生まれ、傘を動かして泳ぐ姿へ育ちます。こちらが「メデューサ」です。

普通は、育ったメデューサが卵や精子をつくり、次の世代へつながります。ところがベニクラゲには、もう一つの道があります。図の赤い矢印を追ってみてください。

研究論文の生活環説明図。青い輪はポリプから泳ぐクラゲ、卵と幼生を経る通常経路。右の赤い経路は泳ぐクラゲからシストを経てポリプへ戻る
青は次の世代へ。赤は前の姿へ。青:ポリプ → 泳ぐクラゲ → 卵・幼生 → ポリプ赤:泳ぐクラゲ → シスト → ポリプ右下の小さなかたまりが「シスト」、中央下の枝のような姿が「ポリプ」です。実写や同じ個体の連続写真ではなく、経路をまとめた研究の説明図です。図:Matsumoto・Piraino・Miglietta(2019), Fig.1、CC BY 4.0。原図を改変せず掲載。

OBSERVATION · REVERSE DEVELOPMENT

卵を通らず戻る。

飼育しているメデューサが傷ついたり、餌を得られなかったりすると、泳がなくなって底に付き、傘や触手の形を失うことがあります。平たいかたまりのようになった、この途中の姿が「シスト」です。

やがて細い管が伸び、そこからポリプができました。新しい卵から育ったのではなく、泳いでいたクラゲの体が、前の段階へ変わったのです。戻ったポリプからは、再び小さなメデューサが生まれます。

1996年の飼育・切除実験では、若いメデューサだけでなく、繁殖できるまで育ったものでも逆転が確かめられました。大人のクラゲが、その形のまま小さくなる話ではありません。

成熟したクラゲも調べた実験を読む

CELLS · A BODY REBUILT

細胞の仕事も変わる。

泳ぐメデューサと、岩などに付くポリプでは、体に必要な仕組みが違います。形が戻るには、体をつくる細胞の働きも変わらなければなりません。

研究で注目されてきたのが「分化転換」です。すでに決まった仕事をしていた細胞が、別の種類の細胞へ変わることをいいます。1996年の実験では、体の外側の組織と、消化に関わる組織の一部が逆転に必要だと分かりました。

一度戻るだけでも驚きですが、次に生まれたクラゲも、また戻れるのでしょうか。

A CULTURE RECORD · TEN CYCLES

10回、戻った記録。

ベニクラゲ類を長く飼育した久保田信さんは、若いメデューサに刺激を与え、ポリプへ戻るかを観察しました。2011年の報告には、戻ったポリプから生まれたクラゲで、さらに逆転を繰り返した10回の記録があります。

ただし、これは本記事の中心となるT. dohrniiと、同じ種だと確認された記録ではありません。論文では、近縁の仲間を指すTurritopsis sp.という、種を確定しない名前で扱われています。

この記録は、ベニクラゲ類で逆転を繰り返せることを示します。しかし、海にいる一匹を追い続けた記録でも、永遠に繰り返せると証明した実験でもありません。

10回の記録の種名を確認できる研究を読む

GENES · CLUES, NOT A COMPLETE ANSWER

遺伝子から探る。

細胞は、DNAにある遺伝子の情報を使って働きます。同じ遺伝子を持っていても、いつ、どれくらい使うかは変わります。そこで研究者は、メデューサ、シスト、戻ったポリプなどで、働く遺伝子を比べました。

2019年と2021年の研究では、段階ごとに遺伝子の働きに違いが見つかりました。DNAの傷への対応や、細胞の状態を変える働きなどが、体の作り替えを探る手がかりになっています。

さらに2023年の研究では、遺伝情報の全体である「ゲノム」が調べられました。切断したポリプが再び伸びる過程で、どの遺伝子が働くかも解析されています。ただし、この実験は、泳ぐ大人のクラゲがポリプへ戻る過程をそのまま追ったものではありません。

ゲノムとポリプ再生を調べた研究を読む

THE LIMIT OF “IMMORTAL”

戻れても、死はある。

成長の先で終わるだけでなく、ポリプへ戻り、またメデューサを生み出せる。この性質から、ベニクラゲは「不死のクラゲ」と呼ばれます。

けれど、魚に食べられたり、病気になったり、逆転に失敗したりすることはあります。自然の海で、何回まで生活環を戻せるかも分かっていません。

「不死」は、あらゆる死を避けられるという意味ではないのです。また、このクラゲの研究が、人間を同じように若返らせる方法を示したわけでもありません。

CURRENT STATUS

細胞には、まだ謎がある。

確認済み

生活環は戻せる

メデューサがシストを経てポリプへ戻り、再びメデューサを生み出せます。

研究中

体を作り直す仕組み

細胞の役割変更や、段階ごとの遺伝子の働きが調べられています。候補の発見は、完全な原因の解明とは違います。

未解明

始まり方と限界

どの細胞がどう変わるのかという全体像や、自然界で何回繰り返せるかは、まだ分かっていません。

BACK TO THE SMALL BODY

透明な傘の、その先へ。

泳ぐ傘を失った小さなかたまりから、枝のようなポリプが伸びてくる。姿の変化は確かめられました。次に知りたいのは、その間、一つ一つの細胞に何が起きているのかです。

REFERENCE DESK

参考資料・関連リンク

根拠の確認日:2026年10月17日。中心種の観察、近縁の仲間での反復記録、遺伝子研究の実験段階を分けて紹介しています。

画像クレジット

Hero・書架カード:Lara Beckmann / The Real Immortal Jellyfish、CC BY-SA 4.0。研究者サイトでベニクラゲの実物写真として公開されたものです。元画像は改変せず、表示枠に合わせて一部をトリミングしています。生活環の逆転の瞬間を撮った写真ではありません。

生活環図:Matsumoto・Piraino・Miglietta(2019), Fig.1、CC BY 4.0。出典とライセンスは図の直下。説明図であり、個体の大きさの比較や連続写真ではありません。本記事にAI生成画像は使用していません。