ONLINE ARCHIVE第 一 書 庫
大きな目と長い触腕を持つダイオウイカが暗い海を泳ぐ再現イメージ
AI生成による再現。実際の写真ではありません。
記録番号GLB–LEG–003
都市伝説・伝承FILE 012

クラーケンとダイオウイカKRAKEN / GIANT SQUID

海の怪物は、
このイカだった?

船をつかむ海の怪物と、実在する大きなイカ。
二つは、どこまで同じものなのだろう。

▰ カテゴリ都市伝説・伝承◎ 地域北ヨーロッパの伝承・世界の海◆ キーワード#海の怪物 #ダイオウイカ #深海▥ こわさこわさは低め

海には、船をつかむほど大きな怪物がいる。北ヨーロッパで語られてきた、そんな海の怪物がクラーケンです。一方、海岸に流れ着いた体や博物館の標本から、ダイオウイカという大きなイカが実在することは確かめられています。

長い腕を持ち、めったに海で姿を見せないイカ。クラーケンの話には、この生き物との出会いが影響したのでしょうか。まず、昔の人が描いた怪物と、実物の体を見比べてみましょう。

SECTION 01|THE MONSTER ON PAPER

船をつかむ怪物が、
紙の上に現れた。

絵の中では、大きなタコのような生き物が、帆を張った船に腕をからませています。船よりも大きく、木の棒のように太い腕。この図は、1801年にフランスの学者モンフォールの著作に掲載されました。

大きなタコのような怪物が帆船の帆や船体に腕を巻きつけた、1801年の図版
『巨大なタコ(Le Poulpe Colossal)』、1801年。モンフォールの著作の図版。原画:Pierre Denys de Montfort、彫版:Étienne Claude Voysard/Wikimedia Commons、Public Domain(縮小・形式変換)。怪物の存在を証明した写真ではありません。

当時は、今のようにカメラで海中を撮れませんでした。この絵には、船乗りの話や作者の想像が含まれています。迫力があっても、描かれた出来事がそのまま起きたとは言えません。図版が残すのは、海の怪物がどんな姿で想像されたかという手がかりです。

ロンドン自然史博物館の専門家は、海岸に流れ着いた大きなイカやタコの体などが、海の怪物の物語に影響した可能性を考えています。では、本物のイカの体には何が残っているのでしょう。

SECTION 02|THE REAL ANIMAL

本物の体なら、
形を確かめられる。

海岸へ流れ着いた体や、漁で網にかかった大きなイカ。研究者は、その体を保存して調べました。調べるために残した実物を標本と呼びます。標本なら、長さを測り、目や腕の形を、ほかのイカと比べられます。

細長い体、頭の近くの目、集まった腕と長い触腕を見せる、博物館に保存されたダイオウイカの全体写真
保存されたダイオウイカの実物(標本番号F 88555)。左側が細長い体、右側が腕です。長い触腕は上下に折り返して置かれています。保存された体の色や形は、生きていたときと変わっています。Rodney Start/Museums Victoria、CC BY 4.0(縮小・形式変換)。

ダイオウイカには、8本の腕と、獲物をつかむためのとくに長い2本があります。この長い2本を触腕しょくわんと呼びます。写真では腕が重なっているので、すべてを一本ずつ数えるのは難しいですね。さらに近づくと、細かい形も見えてきます。

ダイオウイカの触腕に並ぶ丸い吸盤。ふちに小さな歯のようなぎざぎざが見える近接写真
別の標本の触腕を、近くで見た写真(F 74346)。丸い吸盤のふちには、小さな歯のようなぎざぎざが見えます。Benjamin Healley/Museums Victoria、CC BY 4.0(縮小・形式変換)。

吸盤は、獲物をつかむための部分です。絵の迫力ではなく、こうした体の特徴を調べて、どんな動物なのかを確かめます。1857年には、巨大なイカがArchiteuthis duxという学名で記載されました。学名は、世界の研究者が同じ動物を指して話すための名前です。

ただし、体が残っていても、海の中でどう泳ぎ、どう獲物へ近づくかまでは見えません。次に必要だったのは、生きて動く姿の記録でした。

SECTION 03|WATCHING IN THE DEEP

大きなイカでも、
海では見つけにくい。

ダイオウイカが暮らすのは、光が届きにくい深い海です。海は広く、カメラに映る場所はそのごく一部。標本から実在が分かっていても、生きた姿を撮るのは難しい仕事でした。

2004年、日本の小笠原諸島沖で、窪寺恒己くぼでらつねみさんと森恭一もりきょういちさんが、餌とカメラを付けた仕掛けを沈めました。カメラは餌を上から見下ろし、30秒ごとに写真を撮ります。9月30日、水深900メートルの餌へ、生きたダイオウイカが近づきました。

上から餌を撮るカメラに、長い触腕を伸ばしたダイオウイカが近づく、深海での観察方法の再現イメージ
餌へ近づくイカを、上のカメラで撮る。原研究の観察方法をもとにした再現イメージ(AI生成)。機材の細部、個体の大きさや姿勢を正確に復元したものではありません。

この観察で、自然の海にいる生きたダイオウイカが、初めて連続写真に記録されました。餌をつかみに来た動きなどを、研究者が写真で追えるようになりました。昔の怪物の絵とは違い、いつ、どこで、どんな方法で撮ったかが分かる記録です。

原研究の連続写真と撮影方法を見る

その後、2006年には海面へ引き上げられた生きた個体の動画が撮られ、2012年には深海の自然環境で泳ぐ姿も動画になりました。「生きたイカを撮った」と言っても、海面と深海、写真と動画では、観察できることが違います。

深海を目立たずに観察するため、光や装置の工夫も続きました。2019年、メキシコ湾では、クラゲの光をまねた装置にイカが近づく様子が撮られています。暗い海から腕が伸び、近づいたあとに離れていく。その動きは、NOAAが公開する実際の動画で見られます。

NOAAの2019年の観察動画を見る

ただし、餌や光に寄って来たときの姿が見えても、海での一生がすべて分かったわけではありません。撮影できたことで、確かめられることが少しずつ増えたのです。

SECTION 04|TWO DIFFERENT QUESTIONS

本物のイカがいても、
物語の正体は決まらない。

ダイオウイカの長い触腕や、めったに見られない姿は、海の怪物を思わせます。大きなイカやタコとの出会いが、クラーケンの物語に影響した可能性はあります。

けれど、船をつかむ巨大な怪物や、海に大きな渦を起こすという物語まで、標本や撮影記録が裏づけたわけではありません。クラーケンの話は、時代や場所によっても違います。実在するイカを見つけることと、昔の物語の正体を一つに決めることは、別の問いなのです。

確かめられたこと

ダイオウイカは実在する

実物標本があり、自然の海での写真や動画も撮られています。体の特徴に加えて、観察された行動を調べられます。

考えられる関係

伝承に影響した可能性

大きなイカやタコとの出会いが、海の怪物の話の材料になった可能性があります。ただし、伝承全体の正体は証明されていません。

今も残る問い

海での一生と、物語の始まり

どのように成長し、どこで繁殖するのかなど、海での暮らしにはまだ調べることがあります。個々の怪物の話が何から生まれたかも、一つには決められません。

紙の上では船をつかんでいた怪物。海のカメラが捉えたのは、餌や光に近づくイカでした。伝承のすべてが本当になったのではありません。それでも、本物の体や動きを見られるようになったことで、遠い海の生き物は少し身近になりました。

REFERENCE DESK

参考資料・関連リンク

根拠の確認日:2026年10月14日。伝承への影響の可能性と、標本・写真・動画で確かめられたことを区別しています。

画像クレジット

Heroと観察場面はAI生成の再現です。観察方法の画像は機材・個体を正確に復元したものではありません。

1801年の図版:Pierre Denys de Montfort/Étienne Claude Voysard、Wikimedia Commons、Public Domain。標本全体:Rodney Start/Museums Victoria(CC BY 4.0)。吸盤:Benjamin Healley/Museums Victoria(CC BY 4.0)。各画像は縮小・形式変換しています。原研究の写真とNOAAの動画は、掲載元へのリンクで案内しています。