ONLINE ARCHIVE第 一 書 庫
現在のポンペイの広場の遺跡。石の柱の向こうに、ベスビオ火山が見える実写真
現在のポンペイの広場とベスビオ火山。実写真/Commonists。
記録番号ITA–ARC–001
歴史の謎FILE 052

ポンペイPompeii

火山に埋まった街から、
なぜ暮らしが見える?

写真の向こうに見える山は、ベスビオ火山。そのふもとのポンペイは、約2000年前、人々が家や店を行き来する街でした。西暦79年の噴火で埋まり、ずっと後に地面の下から姿を現しました。道や店、壁の書き込みまで残ったのは、なぜでしょう。残された実物をたどり、どこまで昔の暮らしが分かるのか確かめます。

▰ カテゴリ歴史の謎◎ 地域イタリア・ベスビオ火山のふもと◆ キーワードポンペイ / ベスビオ火山 / 西暦79年 / ローマ時代 / 灰に埋まった街▥ こわさ▲ ちょっとこわい

01|まず、街に起きたこと

空から降った灰や軽石が、
街をおおっていった。

ローマ時代の街の向こうに火山の大きな噴煙が立ち、屋根や道に灰が積もる想像の場面
噴火が始まり、灰が降る街を想像した場面。※AI生成。実際の街並みや、噴火の一瞬を正確に復元した画像ではありません。

ベスビオ火山は大きく噴火し、灰や軽石かるいしを空高く吹き上げました。軽石は、小さな穴がたくさんある火山の石です。それらが降り積もり、重さに耐えられず、くずれた屋根もありました。

さらに、高温のガスや火山灰などが山から流れ下りました。多くの人が命を落とした災害でした。ポンペイを埋めたのは、溶けた岩の川ではなく、こうした噴火で運ばれたものです。

街が壊れるほどの噴火だったのに、なぜ今、家や店の中まで見ることができるのでしょう。

02|壊れた街と、残った実物

地面の下に残ったのは、
暮らしのすべてではない。

灰などに包まれた古代ローマの建物を、手前を開いて描いた想像の断面。屋根の一部がくずれる一方、壁や床、容器が残っている
灰などに埋まった建物の内部を、手前を開いて描いた想像の断面。※AI生成によるイメージ。特定の家や、実際の地層の厚さを復元したものではありません。

降り積もった灰や軽石などは、街の一部を包み、地面の下に残しました。埋もれた壁や床、容器などが、昔の暮らしを調べる手がかりになりました。後の発掘で、上に積もったものを取り除き、少しずつ姿を確かめてきたのです。

発掘されたポンペイの石の道。両側に壁が残り、奥にはまだ高い地面や草が見える実写真
発掘されたアッボンダンツァ通りの一部。実写真/Mentnafunangann。道と周囲の地面の高さの違いも見えます。

写真では、道の形や両側の壁をたどれます。ただし、街全体が丸ごと変わらず残ったわけではありません。噴火で壊れたもの、後で持ち出されたもの、長い年月に傷んだものもあります。

だから、残っている実物を一つずつ調べます。たとえば、この街で人々は、どんなものを食べていたのでしょう。

03|容器の中に、小さな手がかり

丸い穴のカウンターは、
食べ物を売る店だった。

実際のポンペイの飲食店。石のカウンターに、大きな丸い容器がいくつもはめ込まれている
ヴェトゥティウス・プラキドゥスの店の実写真/Carole Raddato。次に紹介する食べ物の分析は、別の「第V区の店」で行われました。

ポンペイには、温かい食べ物や飲み物を売る店がありました。カウンターの丸い穴には、大きな容器がはめ込まれています。写真を見ると、客が道から店に立ち寄る場面も想像できます。

別の場所で2019〜2020年に調べられた、第V区の店では、容器などに残るものが分析されました。カモやブタ、魚などの骨や跡が見つかり、食べ物を考える手がかりになりました。

実物から分かること

どんな動物などが残っていたか。
まだ決められないことは、料理の詳しい作り方や、最後に食べた人の名前です。

店の形と、食べ物の小さな跡。違う種類の手がかりを合わせると、暮らしが少し近づきます。では、人が壁に残した言葉はどうでしょう。

04|いまも、読み方が進んでいる

光を変えると、
古い壁に新しい手がかり。

古い壁の細かな凹凸に横から光を当て、カメラで調べる作業を想像した場面
壁の細かな凹凸を、光と写真で調べるしくみのイメージ。※AI生成。実際の書き込みや、研究で使った装置の記録ではありません。

街の壁には、人々が刻んだ名前や言葉、絵が残っています。けれど、浅い線や傷んだ表面は、目だけでは読み取りにくいことがあります。

  1. 光の向きを変える同じ壁を何枚も撮る
  2. 表面を見比べる浅い線や凹凸を探す
  3. 記録と照らす文字や絵を確かめる

2026年1月に発表された研究では、劇場近くの通路の壁にある、未発表の書き込み79点が報告されました。文字32点と、絵などの図47点です。2022年と2025年の調査、古い記録の見直し、光を変えて撮る方法などを組み合わせて確かめました。

79文字という意味ではなく、すべてが一つの撮影法だけで見つかったわけでもありません。線が読めても、書いた人や、その時の気持ちまで分かるとは限りません。実際の壁・撮影・書き込みの研究を見る ↗

ずっと前に見つかった壁にも、まだ読めるようになるものがあります。「発掘されたから、もう全部分かった」わけではないのです。

05|「時間が止まった街」の、その後

埋まった後も、
街の一部は使われていた。

灰の残る街で、建物の一室を再び使う暮らしを想像した場面。簡単な炉や容器が置かれている
噴火後、残った建物の一部を使う暮らしの想像。※AI生成。特定の人や家、使われた時期を復元したものではありません。

2025年8月、遺跡公園は、噴火の後に建物の一部を使った新たな跡を報告しました。上の階を使い直し、地上の階を地下室のように使った跡や、炉などが調べられています。街全体が元に戻ったという意味ではありません。

ポンペイは「時間が止まった街」と呼ばれることがあります。でも実際には、噴火の後も、持ち出しや再利用があり、発掘が始まってからも調査と保存が続いています。

何が起きた? 西暦79年の噴火で、街が壊れ、埋まりました。

何が分かっている? 道や店の形、残った食べ物や言葉、噴火後に一部を使った跡。実物が、暮らしの手がかりを伝えます。

何がまだ分からない? 一人ひとりの生活の細部、読めない書き込み、まだ調べられていない場所のこと。残ったものから分かる範囲を確かめると、古い街は今も、新しい問いを返してくれます。

REFERENCE DESK

参考資料・関連リンク

噴火、発掘された実物、研究からの推定を分けて確認しました。最新の研究・資料の確認:2026年10月11日。

画像クレジット

広場と火山:Commonists / Wikimedia Commons ↗、CC BY-SA 4.0 ↗。2021年撮影。縮小・WebP変換。変換画像も同じライセンスです。

街路:Mentnafunangann / Wikimedia Commons ↗、CC BY-SA 3.0 ↗。2012年撮影。縮小・WebP変換。変換画像も同じライセンスです。

飲食店:Carole Raddato / Wikimedia Commons ↗、CC BY-SA 2.0 ↗。2014年撮影。縮小・WebP変換。変換画像も同じライセンスです。

噴火・埋まった建物の断面・壁を調べる作業・噴火後の暮らし:AI生成の想像画像。実資料ではありません。調査の流れ:本文の資料をもとに制作。