01|階段に見える岩
この角を見て、
何を思い浮かべますか。

広い床、階段、石の壁。写真を見ると、そんな建物の一部を思い浮かべるかもしれません。
この地形は1986年、ダイビングの場所を探していた新嵩喜八郎さんが見つけました。島の南側の海にあり、「海底遺跡」と呼ばれて知られるようになりました。
遺跡とは、昔の人が暮らしたり、何かに使ったりした場所や物が残るところです。ただ、この呼び名だけで、目の前の岩が人の造った建物だと確認されたわけではありません。
まっすぐな角は、人が削った証拠になるのでしょうか。次は、岩そのもののつくりを見てみます。
02|自然にできる直線
岩は、でたらめな形に
割れるとは限りません。
岩が分かれる境目になります。
平面や角が残ることがあります。
この付近にあるのは、昔の砂などが固まった砂岩です。砂が積もった層に加え、岩には自然にできた割れ目があります。
層や割れ目に沿って一部がはがれると、まっすぐな縁や平らな面が残ります。波や風化によって形が変わり、階段のように見えることもあるのです。自然の岩は、丸いものばかりではありません。
琉球大学の地形解説や、潜水して調べた地質学者のロバート・ショックは、岩のこうした性質から自然にできる形だと説明しています。2020年の研究でも、島の南岸には似た地形が見られると報告されています。
島の岩と地形を調べた研究を見る ↗自然にも角や段差ができるなら、「階段に見える」だけでは答えを決められません。では、人が手を加えたという説は、どう確かめればよいのでしょうか。
03|人の手を確かめる
形の印象から、
人が使った証拠へ。
確かめられるか
結びつく物があるか
同じ出来事を示すか
海底を調査した木村政昭さんは、自然の岩を昔の人が加工したのではないかと考えました。岩を積み上げる建物だけでなく、一つの岩を削って使う可能性にも目を向けた説です。
ただし、その説が出されたことと、加工が確認されたことは違います。人の道具で削った跡なのか、自然にできた傷なのか。周りの物や年代は、その使い方と結びつくのか。形以外の手がかりも合わせて調べる必要があります。
ショックも、一部を人が利用したり、加工したりした可能性には触れています。しかし、地形の大部分は自然にできたというのが本人の結論です。可能性への言及を、人工都市が見つかった証拠にはできません。
また、岩自体がとても古いからといって、建物もそのころに造られたとは言えません。岩ができた時期と、人がもし使った時期は、別に確かめるものです。
04|岩が語る現在地
海底の外にも、
手がかりは続いています。

地形そのものは実在し、その直線や段差には、岩の層・割れ目と侵食による説明があります。現在、沈んだ都市が発見されたという確かな証拠は確認できていません。
一方、各部分がいつ、どのように今の形になったのかを詳しくたどる調査には、まだ余地があります。一部に人の手が加わったかも、可能性を挙げるだけでは決められません。
「まだ調べることがある」は、「きっと古代の都市だ」という意味ではないのです。岩を見つめ、陸の地形と比べ、根拠を増やしていくことで、言えることの範囲が変わります。
最初は階段に見えた岩。その角を見たあとで、波や岩の割れ目にも目を向けると、海底の景色は少し違って見えるかもしれません。
REFERENCE DESK
参考資料・関連リンク
地形の観察、自然形成の説明、人工説を分けて確認しました。資料の最終確認日は2026年10月10日です。
実写真3枚:Melkov/Wikimedia Commons、CC0 1.0。縮小・WebP圧縮のみで、内容や色調は変更していません。
Hero:Main Terrace(2019年)↗ / 岩の角:At the Yonaguni Monument(2013年)↗ / 海岸:above the Water(2013年)↗
図解は本文資料をもとに作成。岩がはがれる一般的な仕組みと、人工物かを確かめる観点を示し、現地の実測図や出土品を再現したものではありません。AI生成画像は使用していません。
